民法の一部改正に伴う従業員の採用時等における身元保証の対応
新たに労働者を採用する場合、身元保証書の提出を求めることは多くあります。
しかし、身元保証人の責務はどこまで求められるのか。
この4月からの民法の一部改正で何が変わったのかを概観します。
4月は入社シーズンです。新たに労働者を採用するのに伴い、内定期間中または入社時に身元保証人を求めて、身元保証書を提出させる企業が多くあります。
そこで、ここでは労働者の採用に伴い身元保証書が、法的にどのような意味を持ち、いざというときにどのような効力が発生するのかを、4月施行の民法の一部改正の内容を踏まえてまとめます。
雇用に伴う身元保証契約
労働者との雇用契約の締結時に身元保証人をつける身元保証契約は、雇用される労働者の人物保証や、労働者が将来、会社に損害を与えてしまった場合に、身元保証人にその損害を代わりに賠償してもらうことなどを目的としています。
通常は、労働者の近親者などが身元保証人となり身元保証書を提出することが多いと思われます。
また近年は、在職中の労働者が無断欠勤で連絡が取れないとか、そのまま行方不明となったような場合に、身元保証人としてその対応に協力してもらうなどの目的もあります。
身元保証契約は会社と身元保証人との間で締結する契約ですが、契約書に特段の有効期間を定めていないことが多いものと思われます。
このように有効期間の定めのないものについては、3年の有効期間を定めたものとみなされます。
また、有効期間を定める場合でも5年が上限とされています(身元保証ニ関スル法律第1条、第2条)。さらに自動更新はできないとされています(札幌高判昭52.8.24)。
したがって、労働者との雇用関係が継続している間、入社時の身元保証契約を有効なものとして継続するためには、身元保証契約書に有効期間5年を定めて適切に管理し、5年ごとに更新手続きをしなければなりません。
しかし、通常は入社時のみの提出で、契約更新をすることは少ないのが実態です。
更新を行っていない場合には、その後に労働者が起こした不祥事などで会社に損害が発生しても、身元保証人に賠償請求することはできません。
したがって、会社として、少なくとも就業規則などで「会社が必要と認めた場合、身元保証に関して期間の更新を求めることがある。更新を求める場合は、新たに身元保証書を提出しなければならない」などと定めておくことも検討すべきでしょう。
また、採用時に提出された身元保証契約の身元保証人に保証能力がなくなっている場合や保証人が死亡している場合も考えられます。
したがって、身元保証人の有効性を確認するためにも身元保証人の変更自由を契約書や就業規則に定め、変更自由が生じたときは新たな身元保証人を立てて身元保証書の提出を求めることも必要です。
身元保証契約の限界
身元保証契約を締結しているからといって、労働者が不祥事を起こして会社に損害を与えたとき、当事者に賠償能力がないことを理由にその全額を身元保証人に請求できるのかという問題があります。
身元保証契約は、将来に発生するかもしれない損害を賠償する契約であり、契約時は損害額がわかりません。
そのため、身元保証ニ関スル法律や判例により、身元保証人が賠償責任を負う範囲が制限されています。
具体的には、労働者を監督する立場にある会社側の使用者としての過失の有無(過失割合)、身元保証人が保証をするに至った理由および保証に至った経緯ならびに注意の程度、労働者の担当業務などの変化に伴う会社からの身元保証人への通知義務の履行、その他の事情を総合的に勘案して決定されることになります(同法5条)。
その場合、特に問われるのが使用者の監督の不備についてです。
たとえば、労働者の不祥事が発覚したときに、使用者がそれを発見することが可能だったにもかかわらず発見できずにいた期間の長さを要因として、身元保証人の責任を免除した例もあります。
また、親族・親戚関係から断りきれずに、あるいは軽い気持ちで身元保証人を引き受けたなどといった事情も、身元保証人に責任を軽減する理由として考慮されます。
また、使用者は、労働者に業務上不適任または不誠実な事柄があり、身元保証人に責任が生ずるおそれがあった場合や、労働者の担当業務や勤務地を変更し、そのため保証人の責任が重くなったり、または会社の監督が困難になる場合は、遅滞なく身元保証人に通知しなければならないことになっています(同法3条)。
身元保証人はこの通知を受けたとき、仮に通知がなくとも、その事実を知ったときには将来に向けて契約を解除することができます(同法4条)。
したがって、使用者がこのような通知を怠っていると、身元保証人の責任を軽減する要素ともなり、状況によっては損害賠償を請求できなくなることもあります。
民法改正による損害賠償
2020年4月からは民法の一部改正施行によって、身元保証の取り扱いが大きく変わります。
これまで、採用に伴う身元保証書には、「本人が故意または重大な過失により会社に損害を与えた場合には身元保証人として本人と連帯して損害賠償を致します」などと表記されることが多く、保証すべき損害額を具体的に定めないのが一般的でした。
しかし、4月からは身元保証書の提出を求める場合、身元保証人が保証すべき損害賠償額の極度額(限度額)について、会社と身元保証人の間で合意した額を記載しなければなりません。
極度額の記載のない身元保証契約は無効となります。
その額を定めるにあたっては、特に限度額について法的な制限はありません。
しかし、従来のように損害賠償額の定めのない身元保証書とは異なり、極度額を定めなければならないので、保証を求める会社側および保証を求められる身元保証人も身元保証契約を結ぶことに慎重にならざる得ません。
会社として身元保証人に損害賠償を求める場合には、身元保証人となる人に対して具体的にどような場合に損害賠償義務が発生するかの具体的説明のほか、身元保証契約を解除できるかの解除事由の説明も必要となるでしょう。
また、それらについて具体的に書面化して身元保証人となるか否かの判断を求めざるを得ないことになると思われます。
保証条項によっては身元保証人となることを拒否されることもあり得ます。
そうした場合には、身元保証を求める範囲から損害賠償条項を除き、労働者本人に何かあった場合の緊急連絡先となることや人物保証に限定した身元保証とすることなども検討しなければなりません。
身元保証書の提出を拒否された場合
身元保証書の提出を拒否された場合や身元保証人となる人がいない場合に、内定や採用を取り消すことができるかという問題も発生します。
この点に関して、過去の裁判例では、「身元保証書を提出しなかったことは従業員としての適格性に重大な疑義を抱かせる重大な服務規律違反または背信行為というべき」として、解雇を有効としています(東京地判平11.12.16)。
もっとも、この裁判例では、身元保証書の提出が採用の条件とされていたこと、企業側が金銭貸付けなどを業とする会社であり、身元保証書が重要な書類であることを前提とした判決です。
そのため、企業側の事情によっては異なる判断となる可能性があります。
したがって、会社としては、採用に伴い身元保証人の必要性などを十分に説明しておくなどの対応が必要となります。