複数事業所で勤務65歳以上の高齢者用の雇用保険制度 雇用保険マルチジョブホルダー制度
兼業・副業の普及に伴い、政府は仕事を掛け持ちする働き方を踏まえた体制整備を進めています。
兼業・副業者の労災認定や保険給付のあり方については、2021年9月1日より改正施行されていますが、2022年1月から複数事業所で働く65歳以上の高年齢労働者を対象にした雇用保険制度がスタートします。
今年の4月に高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)が改正。
65歳から70歳までの高年齢者就業確保措置(定年引上げ、継続雇用制度の導入、定年制廃止、労使で合意した上での雇用以外の創業支援措置等【業務委託契約、社会貢献活動】の導入)のいずれかを講ずることを企業の努力義務にするなど、70歳までの就業を確保する法整備が行われました。
少子高齢化の急速な進展と人口減少で、若年層の労働力の増加への期待が薄れる中、働く意欲がある経験豊富で健康な高齢者の活用は企業にとって重要な人事施策の一つです。
他方、高齢者の長期継続雇用に伴い、中堅若手のポスト不足や人材育成に係る人件費増などに伴い、組織活性化のスピードが遅れる懸念も経営課題の一つです。
その意味では、65歳以降の定年後再雇用に際して、自社での継続雇用については常勤のみでなく、就労日数の少ない雇用契約とし、兼業・副業などにより他の会社でも活躍してもらうといった多様な働き方を認める必要性もあります。
今回の雇用保険法の一部改正によって創設された「マルチジョブホルダー制度」とは、そのような働き方を後押しするものとも言えるでしょう。
雇用保険マルチジョブホルダー制度
労働者を雇用する事業(個人経営の農林水産業で常時使用労働者5人未満を除く)は、原則として、雇用保険の適用事業となります。
当該適用事業所に雇用され、【1.】1週間の所定労働時間が20時間以上あり、かつ、【2.】継続して31日以上雇用されることが見込まれる場合(一定の昼間学生を除く)には、雇用保険の被保険者になります。
なお、副業、兼業により複数の事業所で【1.】および【2.】の加入基準に満たす働き方をしている場合でも、主たる賃金を受ける会社で雇用保険に加入することになり、二重加入することができません。
また、それぞれの適用事業所で【1.】および【2.】の加入基準に満たない働き方をしている場合には、いずれの事業所においても雇用保険の被保険者になることはできません。
しかく、雇用保険マルチジョブホルダー制度の創設により、65歳以上の労働者に限り、2つ以上の複数事業所で働く場合で、それぞれの事業所ごとの働き方が、【1.】および【2.】の加入基準に満たなくても、対象労働者が選択した事業主の異なる2つの事業所での働き方が次のいずれにも該当する場合には雇用保険の被保険者(マルチ高年齢被保険者)となることができることになります。
イ.1つの事業所における1週間の所定労働時間が5時間以上20時間未満で、2つの事業所での労働時間を合計して1週間の所定労働時間が20時間以上であること。
ロ.それぞれの事業所での雇用見込み日数が31日以上であること。
たとえば、甲、乙、丙の3つの事業所で雇用され、それぞれの事業所との雇用契約が週5時間以上20時間未満である場合、このうち甲および乙の2つの事業所を選択したときはそれぞれによってマルチ高年齢被保険者資格を取得できます。
この場合、甲・乙いずれかの事業所を離職(資格喪失)しても、残る2つの事業所で週の所定労働時間の合計が20時間以上となり、それぞれの事業所における雇用見込み日数が31日以上であるのであれば、改めて2つの事業所に係る資格取得の手続きをすれば引き続きマルチ高年齢被保険者として取り扱われます。
この場合、マルチ高年齢被保険者には、事業所を離職する時点で、被保険者となっている事業所に係る資格喪失の手続きをし、改めて、残り2つの事業所に係る資格取得の手続きをすることになります。
マルチ高年齢被保険者であった者が失業した場合において、一定の受給要件(離職の日以前1年間に被保険者期間が通算して6ヶ月以上あること)を満たせば、高年齢求職者給付金(基本手当日額の30日分または50日分)が一時金で支給されます。
なお、1つの事業所のみ離職した場合であっても、離職した事業所の賃金日額を基に基本手当日額を算定し、前述の日数分を受給することができます。
たとえば甲および乙の事業主の異なる2社でマルチ高年齢被保険者だった者が甲のみを離職した場合は、甲で支払われていた賃金のみで給付金の額が算定されることになります。
マルチ高年齢被保険者の資格取得と喪失
マルチ高年齢被保険者として雇用保険に加入するには、加入要件を満たすと必ず加入しなければならないものではなく加入は任意です。
したがって、マルチ高年齢被保険者として雇用保険の加入を希望する場合は、本人自らが、住所または居所を管轄するハローワークに申し出を行い、その申し出た日が被保険者資格取得日となります。
就職日等へ遡及して加入することはできません。
通常、雇用保険の被保険者資格取得手続きは事業主が行いますが、マルチ高年齢被保険者に係る資格取得手続きは、原則として、対象労働者本人自らが行います。
対象労働者を使用する事業主は、本人の依頼に基づき手続きに必要な証明(雇用の事実、所定労働時間など)をするだけになります。
なお、加入後の取り扱いには通常の被保険者と同じで、雇用関係がある限り任意に脱退することは認められません。
被保険者になると、資格を取得した日から雇用保険料の納付義務が発生しますので、事業主は支払い給与から保険料を控除しなければなりません。
取得日は、ハローワークから本人および事業主へ発行される通知で確認可能です。
また、資格喪失の手続きも、マルチ高年齢被保険者本人が行うことになります。
注意しなければならないのは、1つの事業所での雇用が継続しており雇用契約に変更がない場合であっても、他の事業所を離職した場合や他の事業所の週所定労働時間が20時間以上となった場合(この場合、通常の高年齢被保険者となる)は、マルチ高年齢被保険者ではなくなるため、マルチ喪失届(離職証明書)の提出が必要となります。