業務による心理的負荷評価表などを見直し 精神障害の労災認定基準の改正ポイント
厚生労働省は、労働者の精神疾患が業務上によるものか否かの判断基準となる「心理的負荷による精神障害の認定基準」を改正し、業務により精神障害を発病した労働者に対して、より一層迅速かつ適正な労災補償を行っていくとしています。
ここでは、その改正のポイントを紹介します。
うつ病などのメンタルヘルス疾患を持つ労働者が増加する中、厚生労働省では「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下、認定基準)を改正し、2023年9月1日付で厚生労働省労働基準局長から都道府県労働局長宛てに通知しました。
これまでの精神障害・自殺事案については、2011年に策定された「心理的負荷による精神障害の認定基準」に基づき労災認定が行われてきましたが、認定基準策定から10年以上経過しています。
その間、直近においては、2020年5月に「パワーハラスメント」を「業務による心理的負荷評価表」に追加明示して具体的な出来事を明確化、同年8月には2以上の事業所で働く複数就業労働者に対する労働負荷に関連する「心理的負荷による精神障害の認定基準」と「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)の認定基準」の改正がありました。
今回の改正は、近年の社会情勢や労災請求件数の増加を鑑み、最新の医学的知見を踏まえて「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」の報告書を受けて改正されたものです。
今後は、労働者の精神障害の発病が業務上によるものか否かは、この改正後の認定基準をもとに確認されることとなります。
精神障害に係る労災補償の現状
厚生労働省の患者調査によると「精神及び行動の障害」の推計患者数は増加傾向にあり、近年では50万人超の水準で推移しています。
また、「令和4年中における自殺の状況」(厚生労働省・警察庁)によると自殺者数は2万1881人で前年比874人増と増加傾向にあります。
また、現行の認定基準が定められた2011年度以降の精神障害の労災給付請求件数は増加の一途をたどっており、2019年以降は2000件を超えました。
支給決定件数も2012年度以降500件前後で推移していたものが、2020年度には600件を超え、2022年度には710件と大幅に増えています。
今回の改正はこうした現状を踏まえて行われたものであり、主なポイントとしては、1.業務による心理的負荷評価表の見直し、2.精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し、3.医学意見の収集方法を効率化の3つが挙げられます。
業務による心理的負荷評価表の見直し
精神障害の労災認定にあたっては、「業務による心理的負荷評価表」が用いられ、表中の具体的出来事を照らし、その出来事による心理的負荷を「弱」「中」「強」と判断する具体的例が示されています。
今回の改正により、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という、いわゆるカスタマーハラスメントが具体的出来事として追加されました。
具体的には以下の表の通りです。
これらの迷惑行為にいたる状況、反復・継続など執拗性の状況、その後の業務への支障、会社の対応の有無等を総合的に評価されることになります。
なお、認定要件として、次の1.2.3.のいずれの要件も満たしている場合、労災補償の対象疾病の範囲を定めている規定(労働基準法施行規則別表第1の2)に該当する業務上の疾病として取り扱われます。
1.本認定基準で対象とする疾病(以下、対象疾病)を発病していること。
2.対象疾病の発病前おおむね6カ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
3.業務以外の心理的負荷および固体側要因(その個人が持っている脆弱性・反応性等)により対象疾病を発病したとは認められないこと。
ハラスメントなど繰り返される出来事が、「発病前6カ月以内」の期間において継続している時は、開始時からのすべての行為を評価の対象とし、さらに出来事の起点が発病の6カ月より前であっても、その出来事が継続している場合には、発病前おおむね6カ月の間における状況等を評価されることになります。
精神障害悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し
これまでは、精神的な持病が悪化した場合、悪化前おおむね6カ月以内に「特別な出来事」がなければ業務起因性が認められず、業務上災害とはなりませんでした。
しかし、今回の改正により悪化前おおむね6カ月以内に「特別な出来事」がない場合でも、「業務による強い心理的負荷」により悪化したと医学的に判断され、業務と悪化との間の因果関係が認められるときは、悪化した部分について業務起因性を認められることになりました。
医学意見の収集方法を効率化
専門医3名の合議により決定していた事案について、特に困難なものを除いては、1名の意見で決定できるよう改正されました。
これにより、労災認定までの期間を短縮できる事案が増加することが見込まれます。
今回の改正により、単純な労働時間の長さだけではなく、実際に発生した業務による出来事を、業務による心理的負荷評価表の「具体的出来事」に当てはめて負荷(ストレス)の強さを評価する要素が強くなります。
実務においては、業務上災害として認定されるか否かではなく、こうした負荷が精神障害の原因になるリスクが高いという認識に基づき、職場環境の整備を行わなければなりません。