年収106万円、130万円超の社会保険加入促進支援策 「年収の壁・支援強化パッケージ」とは
厚生労働省は2025年度までの措置として、パート・アルバイト労働者が年収の壁(106万円・130万円)を意識せずに働ける環境を支援するため「年収の壁・支援強化パッケージ」を10月から開始しました。ここではその概要を紹介します。
年収の壁とは
最低賃金の大幅な引き上げや企業の人手不足を背景に、パート・アルバイト(以下、パート労働者等)の時給は年々上昇しています。
しかし、厚生労働省の毎月勤労統計調査をもとにパートタイム労働者の時給、一人当たり月間労働時間、年収の動きがどのように推移してきたのかをまとめた野村総合研究所の資料によれば、1993年以降2021年まで、時給が上昇する一方で、一人当たり月間労働時間は減少しています(図表1)。
これはパート労働者等が税金や社会保険料を支払うことによる手取り額の減少を避けるための「就業調整」をしていることによるものです。
これが、いわゆる「年収の壁」といわれる問題です。
年収が上がれば被用者保険の被保険者の被扶養者から外れ、税金や社会保険料の支払いが必要になる「働き損」が生じる場合があります。
これを回避しようと労働時間を調整する就業調整が、結果として企業の人手不足を加速していることにもなります。
「年収106万円の壁」と「年収130万円の壁」
「年収の壁」には、税制面からのものと社会保険面からのものがありますが、社会保険面から見ると「106万円」「130万円」の2つの壁があります。
「106万円の壁」とは、社会保険の加入基準によるものです。
現在、被保険者総数が100人を超える社会保険の適用事業所で働くパート労働者等は、次の基準のいずれにも該当する場合には社会保険に加入しなければなりません。
1.週の所定労働時間が20時間以上
2.雇用期間が継続して2カ月超見込まれる
3.賃金が月額8万8000円以上(参考値:年106万円以上)
4.学生ではない
この基準が2024年10月からは、被保険者総数が50人を超える事業所にも適用されることになります。
その結果、上記基準に該当する働き方をしているパート労働者等は社会保険に加入しなければならず、社会保険料負担分の手取り収入が減ることになります。
同時に飲食店やサービス業などパート労働者等を多く使用している事業主は法定福利費の負担が増加することになります。
また、「130万円の壁」とは、社会保険の被扶養者の認定基準のことです。
社会保険の適用事業所で働く被保険者の配偶者で、かつパート労働者等として年収が130万円を超える者は、前述の加入基準に該当しない場合でも配偶者の被扶養者から外れて、自ら社会保険に加入して保険料を支払わなければならず、結果として手取りが減ることになります。
さらには、企業で家族手当や配偶者手当の支給基準を社会保険の被扶養者認定基準としている被保険者である労働者にとっては、それらの手当を失う可能性もあります。
政府の支援策
政府は、パート労働者等がこうした「年収の壁」を意識することなく働ける仕組みを策定。
人手不足を解消し、パート労働者等が自ら社会保険の被保険者となることで、将来の年金等を含めより高い保障を確保すべく、当面の措置として「年収の壁・支援強化パッケージ」を公表しました(概要図表2)。
これにより、新たに社会保険の被保険者となるパート労働者等に生じる、保険料負担による不利益を支援しようとするものです。
1. 106万円の壁への対応
まず、「106万円の壁」への対応として、雇用保険制度にある助成金の一つ「キャリアアップ助成金」に「社会保険適用時処遇改善コース」を創設しました。
これは、パート労働者等が新たに社会保険の適用となる際に、保険料負担によって手取り収入の減少をカバーするために賃上げや手当支給などの取り組みを行なった事業主に対して助成するものです。
具体的には1.賃上げ、2.労働時間の延長(週の所定労働時間を4時間以上延長・または賃金増額との組み合わせで1時間以上4時間未満延長)、3.社会保険適用に伴う保険料負担軽減のための手当(社会保険適用促進手当)の支給、のいずれかの手段またはそれらの組み合わせによって、パート労働者等を社会保険に適用させ、かつ最大3年間をかけて収入を増加させた事業主に対して助成します。
一事業所当たりについての申請人数に制限を設けない予定です。
ただし、この支援策は、2025年度末までの時限的措置です。
「社会保険適用促進手当」とは、新たにパート労働者等が社会保険に加入したことで、その保険料負担によって手取り収入が減ることがないようにするために創設されたものです。
事業主が給与や賞与とは別にこの「社会保険適用促進手当」を支給した場合、その支給した手当の額については、パート労働者等の社会保険料負担分相当額を上限として、社会保険料の算定基礎に含めなくともよいものとされます。
ただし、対象となるのは、標準報酬月額が10万4000円以下の者で、最長2年間の時限的措置です。
なお、同一事業所内に同じような条件で働く他の労働者で、すでに社会保険が適用されて被保険者となっている者がいる場合は、公平性の観点から、同水準の手当を特例的に支給する場合には、その手当についても社会保険適用促進手当に準ずるものとして保険料算定の基礎には含めない報酬とする取り扱いも認めることとしました。
2. 130万円の壁への対応
「130万円の壁」への対応は、被保険者の被扶養者となる認定基準130万円未満について、残業代などによる一時的な収入変動により年収の見込みが130万円以上となる場合でも、直ちに被扶養者としての認定を取り消すことなく総合的に判断することとしました。
つまり、人手不足による労働時間延長等が一時的なものである旨について事業主が証明する書類を、本人を扶養する配偶者(被保険者)が加入する健康保険組合(協会けんぽの場合は日本年金機構)に提出することで、年収が130万円以上となっても引き続き被扶養者として認定する運用をすることとしました。
一時的な事情の認定は、原則として連続2回までが上限となっています。